こんな質問来てました。「不倫は許されない行為ですが、相手のことをどうしたら許せる気持ちになりますか?」
「不倫は犯罪同等だ。人間として許せない」
今、SNSやニュースでは、そんな激しい言葉で誰かを糾弾する光景があふれています。裏切られた側の傷や「許せない」という怒りは、もちろん当然の感情です。でも、少しだけ立ち止まって考えてみてください。
「もし、自分がその立場だったら……」と考えたことはありますか?
他人の気持ちを変えるのが難しいのは誰もが知っています。 しかし実は、「自分自身の気持ち」だって、意外なほど思い通りにはいかないものです。 「絶対に自分は過ちを犯さない」と言い切れる人が、この世にどれほどいるでしょうか。自分も明日、同じ罪を犯してしまうかもしれない――そんな人間の脆さ(弱さ)を私たちは抱えています。
仏教には「縁起(えんぎ)」という教えがあります。 世の中のあらゆる出会いや出来事は、無数のご縁が重なって生まれるという考え方です。 誰かと出会い、心が動くこと自体は本来「ご縁」であり、存在そのものを悪と決めつけるのは少し理不尽かもしれません。
問題は「出会い」そのものではなく、人間同士の「距離感」です。
世の中は単純な正解だけでできていません。どんなにご縁があっても、置かれた立場に応じた「適切な距離感」を見誤れば、自分も周りも傷つけてしまいます。「許す」とは、相手の行為を帳消しにすることではありません。 「人も、自分も、距離感を誤ってしまうほど未熟な存在なのだ」と、人間の弱さを丸ごと理解すること。それが仏教における「許し」の第一歩です。
許せない怒りで心が苦しいときこそ、自分の中の「弱さ」にも目を向けてみる。 そんな心のゆとりを、お寺で一緒に探してみませんか。
妙音山 観音寺 平野晃嗣 合掌
#人間関係の悩み #ご縁 #許すということ