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​ お坊さんが考える、現代における法要の「本当の意味」​

~仏壇の閉眼供養(魂抜き)を通じて、私が気づかされたこと~

​ 先日、あるお施主様からお仏壇とお位牌の閉眼供養(魂抜き)のご依頼をいただき、対面でしっかりとお経をあげさせていただきました。​法要が無事に終わったあと、そのお施主様がポツリと、本当にホッとした表情でこうおっしゃったのです。「こうして和尚様に対面でしっかりとお経をあげていただけて、本当にありがたかったです。救われました」​胸のつかえが取れたようなその笑顔を拝見したとき、私はお坊さんとしての「存在意義」を、改めて深く考えさせられました。

​◆ 業者がおこなう「処分」と、お坊さんがおこなう「供養」の違い​

今の時代、実家の引っ越しや片付けに伴い、お仏壇の置き場所に困ってしまうケースは少なくありません。​現実的な話をすれば、お仏壇の「物理的な片付け」だけであれば、専門の回収業者にお願いすればすべて片付きます。今の時代、お仏壇をただのモノとして処理することは、それほど難しいことではありません。​しかし、お仏壇やお位牌は、本当にただの「木製の家具」なのでしょうか。それは、長年家族の喜びや悲しみを見守り、ご先祖様への祈りを捧げてきた、かけがえのない命の歴史そのものです。​だからこそ、どれだけ時代の価値観が変わっても、お仏壇をそのまま産業廃棄物として処分してしまうことに対して、「本当にこれでいいのだろうか……」「ご先祖様に申し訳ない……」と、胸を締め付けられるような後ろめたさを感じてしまうお施主様がとても多いのです。​

◆ 私たちが本当に求めているのは「心の安心」​

 そんな心の葛藤を抱え、途方に暮れているときにこそ、私たち僧侶の役割があります。​閉眼供養という一つの儀式を通じて、これまで見守ってくださったご先祖様に感謝を告げ、魂をそっとお戻しする。和尚が心を込めてあげるお経の声を耳にしながら、お施主様はこれまでの我が家の歴史に、美しく丁寧な「区切り」をつけることができるのです。​私たちは、ただお経という「形」を売っているのではありません。皆様が後ろめたさを手放し、笑顔で次の生活へ進めるよう、「心の安心」を得ていただくために法要をしているのだと、私はつくづく実感いたしました。​効率や便利さが何より優先される現代社会だからこそ、私たちは「合理性」だけでは割り切れない、割り切ってはいけない大切な感情を持っています。​「やっぱり、人は『気持ち』で動く生き物なんだ」​お仏壇やお位牌のことで、もし「どうしていいか分からない」「心が痛む」とお悩みの方がいらっしゃいましたら、どうぞ一人で抱え込まずに、まずはそのお気持ちを私に聞かせてください。あなたが心から安心できるお見送りの形を、一緒に見つけていきましょう。お寺は、そのためにあるのですから。​合掌​

#仏壇処分 #閉眼供養

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