ある夜、少し不思議な夢を見ました。
むかしの時代。 一人の武士が、不祥事を起こした責任を取るために切腹を命じられていました。 けれどその武士は、顔を真っ青にして震えながら言いました。 「死にたくない。どうしても死にたくないんだ」
その介錯役に選ばれたのが、新右衛門という若い武士でした。 夢の中の私は、なぜか彼の名前をはっきり知っていました。
新右衛門は、怯える武士のところへ行き、切腹の作法を静かに教えました。 刀の置き方、姿勢、心の整え方。 でも、それ以上に大切だったのは、彼がこう言ったことでした。
「人は誰でも、死ぬのは怖いものです」
その言葉に励まされたのか、武士は次第に落ち着きを取り戻し、 「覚悟ができました」と静かにうなずきました。
そして迎えた当日。 新右衛門は首座で武士が来るのを待っていました。 そこへ奉行所の役人が駆け込んできて、深く頭を下げて告げました。
「申し上げます。不祥事の相手の家族が仇討ちをし、あの者はすでに討たれました」
新右衛門はしばらく空を見上げ、ぽつりと言いました。 「人は思うように生きられない。そして、自分の死さえ思うようには選べないものだな」
その言葉が胸に響いた瞬間、私は夢から覚めました。
目を開けても、夢の余韻はしばらく消えませんでした。 私たちはよく「本気で生きろ」「死ぬ気でやれ」と言われます。 でも実際には、自分の思いどおりに生きられる人なんて、ほとんどいません。 「何歳まで生きたい」と願っても、その通りになるとは限りません。
だからこそ―― 今、この瞬間をどう生きるかが大切なのだと思います。
思いどおりにならないからこそ、今日の一歩が意味を持つ。 思いどおりに死を選べないからこそ、今の命が尊くなる。
夢の中の新右衛門の言葉は、今も静かに心に残っています。