映画『新解釈日本史 幕末編』を観て、ひとつ強く感じたことがあります。 「争いを止めようとする人ほど、誤解されやすい」ということです。坂本龍馬の“いい加減さ”は、実は人と人の間に風を通す力でした。 薩摩と長州のように、対立する者同士が手を結ぶには、理屈よりも「空気を変える人」が必要なのだと気づかされます。映画の薩長同盟の場面は、その難しさと尊さをコミカルに、しかし丁寧に描いていました。幕末の志士たちは、内戦よりも「日本を守ること」を優先しようとしていました。 それでも龍馬の死後、戊辰戦争が起こり、日本は二つに割れてしまう。 歴史の皮肉を思わずにはいられません。龍馬のように、どちらにも偏らず、時に“いい加減”に見える立場は、現代でも理解されにくいものです。 しかし仏教では、この“いい加減”こそ 中道 の姿です。糸を張りすぎれば切れ、緩めすぎれば音が出ない。 ちょうどよい張り具合が、美しい音色を生みます。中道とは、極端に走らず、無関心にもならず、 「ちょうどよい心の張り方」 を選ぶこと。その姿勢は、時に誤解されることもあります。 それでもなお、人と人をつなぎ、争いを避けるために歩む道です。今の時代だからこそ、龍馬の“いい加減さ”に宿る中道の心が、私たちの道しるべになるのではないでしょうか。
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